読んでいて、本当にその通り!と思うことがたくさんあるからです。
今日も、私が激しく同意してしまった個所から、ご紹介します。
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第2章 なぜ、モノをこんなに増やしてしまったのか?
●欲しかったすべてのモノを持っていた
以前のぼくは、生活に必要なモノはすべて持っていたはずだが、
まだまだ自分の理想とはほど遠いと感じていた。
ぼくたちは自分の現実が「理想とまったくかけ離れている」としばしば考えがちだ。
自分が思った通りにならない現実を見て、自分は不幸だと考えてしまう。
「欲しいモノを持っていない」という理想と違う現実を見て、
ぼくは自分のことを不幸だと思っていた。
(略)
●なぜ少女はおもちゃの指輪で満足できなくなるのか?
小さい女の子に、プラスチックでできたおもちゃの指輪を渡すと、目を輝かせて喜ぶ。
いつしかそのおもちゃには飽き、(略) 30万円の指輪にも飽きる。
最終的に世界で1つしかない指輪を手にしても、いずれ飽きてしまう。
ミニカー1台で始めは満足していた男の子が、国産自動車に飽き、
本物の高級車を何台並べても飽きて止まらなくなるのも同じことで、
「飽きる」から次々に手を出すのだ。
持っているモノに慣れて飽きると刺激を感じられなくなる。
神経ネットワークがいつもと同じだと認識するモノからは「差」を検出できなくなるからだ。
「差」をつくり出すためには、刺激をなくすか、変えるか、殖やすか、大きくするしかない。
モノでいえば、買い換える(刺激を変える)、量を増やす(刺激の量を増やす)、
より価値を高くする(刺激を大きくする)などして
「差」を作りださなければ刺激を得られないのだ。
●ビル・ゲイツは6回ご飯を食べられるか?
さらに残念な事実がある。
1万円の指輪と、5万円の指輪、30万円の指輪を手に入れたとき、
それぞれの段階で感じる歓びは大体同じだということだ。
5万円の指輪が1万円の指輪をもらったときの5倍嬉しいわけではない。
(略)
人の感情はどこまでいってもたかがしれている。
モノの価格には限界がないが、「人の感情には限界がある」のだ。
●ジャケットを10回目に着たときの喜び
モノが増え続けていく理由。
少しややこしくなったので一度まとめてみよう。
かつて自分が欲しいと思ったモノはすべて手に入っている。
(略)
だが、そのモノを持っていることには、いつしか「慣れ」→「飽きる」。
だから別の「刺激」としての新しいモノが欲しくなる。
もっと大きい「刺激」としてより高価なモノが欲しくなる。
「刺激」の量を増やしたくて、モノの数を増やし続ける。
新しいモノにもすぐ「慣れ」→「飽き」、いつまでたっても満足できないから、
また別の新しいモノに手を出す。
他人から見れば十分に思えるモノでも、
刺激は「自分の中の刺激」とだけしか比べられず、「差」は自分で作り出すしかない。
100万円の国産車で機能は充分で他の誰も心配していないはずだが、
持っている本人だけが満足していない。
そして「差」を作りだそうと懸命に次のモノを手に入れても、
自分が感じられる喜びは今とあまり変わらない。
喜びには「限界」があり、いくら高いモノを手に入れても、
価格に対して喜びが比例するわけではない。
(略)
喜びがモノの価値に対して比例しないように、モノの機能も価格に比例しない。
(略)ここでもまた、足りない気持ちは埋められない。
埋められないから、次こそ埋めたいと願い、また新たなモノに手を出す。
そしていつも「慣れ」→「飽きる」に決まっているのに、
ついつい現在の自分の感情を元に未来を予測してしまう。
予測できる未来は、ほんの少し先の未来だけ。
モノを手に入れる前には、
そのモノに「飽きた」遠い自分の感情がどうしても予測できない。
だからまた満足できず、次のモノに手を出す……。
この永遠のループにハマって、モノはどんどん増えていく。
モノをいくら増やしたところで、こんな風にいつまでたっても満足できない。
いつまでたっても満足できないのがわかっているはずなのに、
次こそは満足できるような気がしてしまう。
モノを増やしても、残念ながら幸せを感じられないのは、
こんな仕組みが働いているせいだ。
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これまで私は何度も「知足(足るを知る)」ということについて、お話してきました。
今回ご紹介した個所にも、
「自分が思った通りにならない現実を見て、自分は不幸だと考えてしまう」
とありましたが、要するに「足りていること」を見ようとせず、
「足りないことばかりに目が向いてしまい、不幸だ」と考えるということです。
どう考えれば、幸せに生きられるのか?
「どう考えれば」…というのが、ポイントです。
「どういう状態になれば」…ではないのです。
心理学でよく使われる例えに、コップに入った水の話がありますよね。
コップに半分水が入っている状態を見て、
「あと、半分しか残っていない!」と考えるのか、
あるいは、「まだ、半分もある♪」と考えるのか。
つまり、「まだ、半分もある♪」と考えられる人が、幸せな人ということです。
人によって、現実の受け止め方が違うのは仕方がありませんが、
出来るなら、私たちは幸せに生きていきたいわけですから、
現状を嘆く思考ではなく、現状に感謝する思考に変えていく必要があるでしょう。
以前、こちらの記事でも、「物を買うことの愚」に関することをご紹介しました。
「物を持つ」ことにいつか「慣れ」てしまい、結果、別の刺激が欲しくなる。
要するに、「物を持ちたい」のではなく、とどのつまり、「刺激が欲しい」ということ。
そのために、汗水流して働いて稼いだお金が「モノ」に形を変え、
狭い部屋を侵食していくのです。
果たして、これは「幸せ」と呼べるものでしょうか。
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