大学進学について思うこと~最終回

最後に、「自分で苦労して大学へ行ったら、
お金の苦労をせずに大学に行った他の子よりもどん欲に学びます」
…ということをお伝えします。
先ほど、私が苦学生をしながら、資格を取ったことをお話しました。
これらの受験費用や参考書代など、親が何も言わずに出してくれていたら、
私は一発で合格できたかどうかわかりません。
落ちたところで、自分は痛くもかゆくもないからです。
でも、自分で汗水たらして働いたお金を使って勉強し、受験する場合、
勉強に費やした時間も無駄にしたくはないわけですから、
「絶対に一発で合格するぞ!」という意気込みが違ってくるのです。
だから、必死で勉強するし、一発で合格できるわけです。
同様に、大学で学ぶことに対しても、自分で苦労しながら通うからこそ、
「もっとたくさんの授業を選択しよう」
「しっかり学ぼう」という情熱が湧いてくるのです。
この「貪欲さ」というのが、勉強するうえでの大きなパワーになるのです。
何らかの苦労がなければ、「貪欲」にもなれないのではないかと、
私は思ってしまいます。

親や国が「格差はいけない」「かわいそうに」というだけの理由で、
誰にでも簡単に学費を出す…というのは、
私はなにかズレているような気がしてなりません。
だって、大学を卒業した人ならわかると思いますが、大学の授業で学んだことが、
仕事をしてから活かせているとは思えないからです。そうではないですか?
もちろん、専門職で、大学で学んだ知識を
有効に活用しておられる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、大半の方は、社会に出てから
新たな学び直しが必要だったのではないでしょうか。
「大学卒」という学歴をつけさせるためだけに、
無条件で学費を税金で負担することに、私は疑問を感じます。
「格差が問題」だというのなら、
だれでもかれでも「大学に行かせてやろう」ということではなく、
「本当に大学に行きたいのにお金がなくて行けない」という子どもを
選別する必要があると思うのです。

大学受験でも入社試験でも、
「選抜された」人たちしか入学・入社できないわけです。
だったら、大学費用を「勝ち取った」人たちには
税金を投入するというやり方でもいいのではないでしょうか。
基礎学力試験のようなものを実施し、ある程度の線引きをする。
そのうえで面接を行い、「なぜ大学に行きたいのか」「大学で何を学びたいのか」
「卒業後、どのような夢があるのか」など、
「何としてでも大学に行きたい!」という情熱を本人が持っているのかどうかを
きちんと精査してから支給する…というのが、本来のやり方ではないかと思うのです。

書きたいことが山ほどあって書き切れませんが、
この辺りでひとまず終わりたいと思います。(笑)
最後に、こちら ↓ の本に書かれていた

甘えを捨てるドイツ女性自立生活の楽しみ (カッパ・ブックス)


Khalil Gibranという方が作られた詩(訳詩)をご紹介します。

あなたがたの子供はあなたがたの子供ではない。
あなたがたから生まれてはきたが。
彼らはあなたがたと暮らしてはいるが、あなたがたの所有物ではない。
あなたがたは、彼らに愛情を与えることはできるが、思想を与えることはできない。
彼らには自らの思想があるからだ。
あなたがたは彼らを自分の家に置いている―彼らの体を。
しかし、彼らの心ではない。
彼らの心は「明日の家」に生きている。
親が立ち入ることができない「明日の家」。
夢の中でさえも親が立ち入ることができない「明日の家」。
あなたがたは、彼らに近づくように努力はできる。
しかし、彼らをあなたがたに近づけてはならない。




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