「足る」ことが実感できない人

宗教家の言葉って、何だか良いですよね。
どんな宗教であっても、どこか達観したものがあって、
説得力があります。そう思われませんか?

さて、今日もまた、あちらの本から印象的だったところを…。

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○「足る」ことが実感できない人はどうすればいいか?

まず「足りない」と思うことは、その人が現実を見ていない証拠です。
現実を見ていないとは、現実から離れているということでもあり、
それは夢や空想、妄想の世界に生きているのと同じなのです。

たとえば、自分の月収が二○万円なのに、
同じ大学を出た友達は七○万円もらっている。
彼のほうがいいマンションに住んで、
いつもいい服を着て、いいものを食べている。
そうなると、その友達を基準にしていろいろ「足りない」と思い始める。
自分は自分、他人は他人でしかないのに、
他人のことを自分に当てはめてしまう。
しかし他人のことは自分にとって関係のない現実です。
「足りない」と思う人は、他人を演じようとしているのかもしれません。
ときどきなら、他人を演じてみるのも面白いかもしれませんが、
一生、他人を演じようという人生は人生として成り立ちません。
このように「足りない」と思うときは、他人を見て真似ようとしているのです。
友人が高価なブランド品を持っているのを見て、
自分に同じものがないことに「足りない」と不満を感じる。
だから、その友人と同じものを持ちたいと思う。
でも、お金のない自分が金持ちの友達を真似ようとすると、
自分が壊れてしまうだけです。
ですから、自分は自分、他人は他人と、はっきり分けたほうがいいのです。
何でもかんでも欲しい、真似したいと思ってばかりいるなら、
それは精神がおかしいのです。
「足りない」気持ちがある人は、人生を苦しむことになります。
人と比べて、「足りない」と思うのでなく、自分自身に何ができるのか、
あるいはどのくらい能力があるのかと現実を見て、
自分の能力を徐々に上げていくことが幸せにつながります。
(略)

では、この「足りない」感覚をなくすには、どうすればいいのでしょうか。
欲するものを手に入れることで、なくなるのでしょうか?
もし欲するものを手に入れることができれば
一時的に満足感を得られるかもしれませんが、
すぐ「足りない」という病気は現れてくるのです。
(略)

「足りない」という感覚を消す唯一の方法は、
「必要か、必要でないか」を考えてみることです。
また、「使えるか、使えないか」を考えるのもよいでしょう。
(略)
このように、「必要、不必要」という尺度を
自分の欲求に当てはめることで
「足りない」という感覚は確実に薄くなるはずです。

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“自分は自分、他人は他人でしかない”
“「足りない」と思うときは、他人を見て真似ようとしている”
“何でもかんでも欲しい、真似したいと思ってばかりいるなら、
 それは精神がおかしい”
まさに、その通りだと思います。
私は昔から、「自分は自分」ということに、誇りを持って生きてきたように思います。
他人が私をどう評価しようが、正直、気にしたことはありません。
他人と横並びになって、一体何が面白いのか?…と考える性質でした。

“人と比べて、「足りない」と思うのでなく、自分自身に何ができるのか、
 あるいはどのくらい能力があるのかと現実を見て、
 自分の能力を徐々に上げていくことが幸せにつながります”
というのも、本当に納得できる言葉です。
自分と他人は違うのだ…ということさえ、きちんと自覚出来ていれば、
他人と同じようになろうとは思いません。
自分が持って生れた才能をより高めるための努力をし、
結果として、他人との差別化に成功した人が、
より良い人生を歩めているように思います。

“「足りない」という感覚を消す唯一の方法は、
 「必要か、必要でないか」を考えてみることです。
 また、「使えるか、使えないか」を考えるのもよいでしょう”
というのは、私がこれまで何年も言い続けてきた、
「あったら便利は、なくても平気」に通じる言葉だと感じました。
「持っていない物」にフォーカスするのではなく、
「今、自分に与えられている物」「今、自分が持っている物」にフォーカスすれば、
自分の人生がいかに恵まれていて、輝いているかに気づけます。





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